2020年5月30日 (土)

05/29 05/30 

05/29 

少しは早起きだが、午前2時起きは終了したらしい。
小・中学校の友達が心配して「人間と話したくなったら、いつでもど〜ぞ。」と電話をくださる。
メール、電話、このブログ、FB、雑用、色々あって今のところ大丈夫。

05/30 

最近はスーパーに小麦粉が無い。一番に行けば有るかと思って9時に行ったが無い。
強力粉だけが有った、これも小麦粉! 無いよりはマシ!と思い購入。
バターも品切れ! マーガリンを購入。レジで尋ねたが、入荷が無いらしい。
これもコロナの影響???

緊急事態宣言は解除になっても、心配は続き元へは戻れない。
・大騒ぎして出した緊急事態宣言だが、経済が立ち行かなくなりそうで→メニャムニャッと解除!
 母のことにかまけて詳しくは理解してないが、ん?なんだった?って感じ。
・アベノマスクは未だ届かぬところが大半らしい。梅雨が来たら、またカビが生えるぞ!

2020年5月28日 (木)

05/28 今朝のカルガモ

05/28 

6時過ぎのカルガモ親子(子供はかなり大きくなった、写っているのは5羽、2羽は反対側にいる。)
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27日:15時過ぎ、介護ベッドを引き取りに来て、部屋が広々。
27日も深夜に起床。なんと朝10時には早くも昼寝。昼食後また昼寝。15時に起きてベッド引き取り中だけ起きていたが、その後も昼寝。夕食を済ませてまた昼寝。その後21時過ぎ本格的に就寝。28日午前2時起床。

2020年5月26日 (火)

05/26 初七日

05/26 

早い! もう一週間!
お寺の朝勤行に参詣して初七日の塔婆供養、帰りの電車は早めの通勤客と一緒。

夜中に起こされるクセが身についてしまったのか、深夜2:00過ぎに目覚める。
起こされていた時は眠いのを我慢して起きていたのに、今はスッキリと朝のように目覚める。
ほぼ丑寅勤行の時間なので起床して丑寅勤行をする。
4時過ぎには明るくなり始める。
夜中に起床してしまうと夕方に眠くなる。遅めの昼寝をする。
たぶん、21日未明から毎日このリズムが続いている。


18日の記憶が曖昧。朝食後に母がよく寝ていたので散歩に行ったような気がする。鴨親子には会えなかった。
シーツとシャツが湿っていたため着替えと、シーツ交換したのも多分この日の昼間。
一輪挿しの花を触っているうちに倒したのかもしれないが、花瓶は母が元へ戻したのだろう、倒れていない、花は枕元に散らかっていた。
花を摘まんで散らかしたと思い拾って花瓶に挿しただけでシーツは確認しなかった。
湿っていたのはシーツとシャツだけ、ベッド用のサイドテーブルも濡れていなかった、そのため発見が遅れた。

19日は朝から痰がからんでゴロゴロ鳴っていた。
昼に往診をお願いして抗生剤を点滴。

13:30 訪問看護で痰の吸引→少し楽そうになった。体も清潔にしていただいた。今になって思えば素晴らしいタイミングで清拭を済ませたことになる。

看護師さんが帰ってしばらく時間が過ぎるとまた、痰がからんでゴロゴロ鳴りはじめ、私が吸引しても母が手で抵抗するため上手く取れない。

15時ごろだったと思う「寝てばかりいないで、おキョー・・・。」というので少し早いが16時ころ、ベッドの背を起こして夕方の勤行を始めた、途中から母の耳元で大きな声でお経を始めた。
お経本に手を延ばすので渡したが持ちきれなくてパラパラと手からこぼれる。
勤行が終わると母は疲れて少し眠ったと思うが、またまた痰がからんでゴロゴロ鳴りはじめ息も苦しそう。
もう一度、往診をお願いした方が良いのかな?と迷いながらボーッと、母の手を撫でていた。
「気持ち良い」というので、さらにボケーッと・・・手を撫でて。
終わりが差し迫っているとは考えずに、往診をお願いしても19時まではクリニックの診療時間だし、どーしたものかとボーっとしていた。
暫くして少し楽になったように見えたのだが・・・・。

2020年5月25日 (月)

05/25 19日夜〜23日

05/25 

19日夜、20日、母はベッドで(顔に白布)寝ていた。
21日 15:00 納棺→臨海葬儀場保管
23日 13:30葬儀場着→面会室にてお別れ→火葬→納骨→宝浄寺にて初七日法要→帰宅
移動の車はお寺での知人のお世話になった。
家まで迎えに来ていただき、お寺→葬儀場→お寺→帰宅 
仕事休みの土曜日を一日中、提供していただいた。

20日はお棺に納める物の準備で忙しかった。
夏服2着(アイロンがけ)
足袋(アイロンがけ)和服、

農大成人学校の卒業証書(楽しそうに通っていたので是非とも持たせたい)
「100歳おめでとうございます」の賞状(小池都知事の物と安倍首相のもの。私が持っていてもしょうがない。)
すでに亡くなった歴代ペットの写真(アルバムから探し出すのに手間取った)
尺八:1本
御書の中の「立正安国論」のページをコピーして小冊子に綴った。

21日、22日、遺影のための写真選び、スキャンしてレイアウト→プリント→額に納める。物の準備は順調に終了。

20日からの作業中に喪服があること、そして私のサイズで誂えたことを思い出してしまった。
母はこの時のために作ったのか?! ということは23日以外に着る機会はない、こりゃー参ったーーーー!

22日夜、23日深夜、未明、喪服着付けリハーサル3回。今までは肝心なところは母が手伝ってくれていた、全部を一人で着るのは初めて。
上手くはないが仕方ない。
本番は23日、昼までに1時間くらいかかって何とか着ることができた。

無謀にも難しい方の帯でいくことに決めていた。
普通の黒帯ならもう少し楽だったのに、折角なので母が工夫した帯でいくことにした、そのため帯が大変だった。

着物を仕立てた残り布がたっぷりあったため、あり物の帯に「おたいこ部分」と「体に巻いたとき見える部分」「帯を抑える手の部分」に着物の残り布が縫い付けてあり、着付けが済むと黒帯に見える。呉服屋さんも脱帽のアイデア物。
着物と帯が同じ黒縮緬でおしゃれな感じの喪服になるのだが、残り布だから帯全体に被せてあるわけではない。黒は必要な部分しかない。
上手く巻き始めないと下地の帯が見えてしまう。苦労した〜〜。

2020年5月24日 (日)

05/24 介護生活、突然の終わり

05/24 

5月19日 19:30 終わりの時が来てしまいました。
このブログをチェックしていただき、時にはコメントやメールをいただくことが励みになって居りました。
ありがとうございました。

母は1919年〜2020年101歳
コロナ禍に伴って知ったことですが1919年と言えばスペイン風邪が世界に流行中であった筈です、そして今はコロナウイルスが世界中に流行中です。
そのどちらにも罹ることなく、恐ろしさを感じることもなく過ごした幸せな人だなと思います。

公園の花とカルガモ親子(2020/05/24 8:00-9:00)

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2020年5月18日 (月)

05/17 臍曲がり

05/17 

発熱もなく、吸引も夜になって2回。抗生剤が効いいてきたようだ。

晴天の日曜日で公園は人出が多いことだろうから、今日は行かない。

週2回になると訪問看護を煩わしいと感じる、その臍曲がりの原因を探した。

1:外から入ってきて直行で台所→手洗い
コロナ対策が必要になってから、到着後すぐに手洗いをする決まりができたということで、
洗面所が無い我が家では台所で手洗いをすることになった。
仕方ないことではあっても、食事の支度をするところで他人が外の汚れを洗う。

2:手洗い後の台所で消毒スプレイを衣服や頭やカバンにシュッシュッとする。

気に入らないのはこの2点!

1:は玄関に手洗い場を作って解決。
コロナとは長い付き合いになるらしいから、しばらくの我慢では済まない。
自分が外から帰宅時にも玄関で手洗いできた方が良い。
台所には使っていない水道蛇口と排水口があり、玄関と背中合わせなので壁に穴を開ければ使える筈。
あとは大工さんと費用の都合をつけるだけ。出費は痛いが我慢できる問題ではない。

2:は、ウイルスを持ち込まない目的のスプレイなら玄関の外で使うべき、ゆずっても玄関だろう。そこは看護師さんに注意して解決。

考えが決まれば、臍曲がりは解消!!!

2020年5月16日 (土)

05/16

 05/16 ☔

17:30 母の体温37.7度 解熱剤を使用。21:00頃には37.1度。薬は1回で大丈夫かもしれない。
熱は出たが昨日までとは違い、しっかりしている。快方へ向かい始めたかもしれない。
朝は、ポータブルトイレで用を足した。

昼過ぎに内科へ行って今日と明日のために解熱剤を出していただいたので安心。

朝9:30ごろ散歩を兼ねて鴨を見に行った。歩いているうちに雨が降り始め、帰りには本降りとなった。
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05/15 訪問看護、また週2回に

05/15 


9:30 訪問看護、また週2回になってしまった。(発熱、痰の吸引があったため。)
一人じゃ大変だからという理由のようだが、私的には週2回は煩わしい。
医師、看護師さんは週3回くらい必要と思うらしいが、私の本音は「冗談じゃないょ。」
母の状態を好転させて、そのうち週一に戻せるようにする。
母だけでなく私のためも考えていただいた上でのことで、ありがたいことのはずなのだが・・・わがままかな?

もちろん看護師さんはプロだからコロナ対策を実施した上での訪問だが、出入りの人数が増えれば細菌の数が増える。
ワンルーム状態に解放して暮らしている我が家は全体の掃除を念入りにしなければならないのだ。

PCR検査数も正確ではない。

そんな当てにならないデータを基に、なんだか頼りない専門委員会とかいうのが提言する。

さらに、当てにならない政府が緊急事態だの、解除だのといっている。

信用できないから自分の動物的本能を働かせて独自対策するしかない。

夕方6時過ぎからまた母の熱が上がり始めた。
解熱剤を18:30、21:30挿肛で37.1度まで下がったので就寝。

2020年5月15日 (金)

05/14 鴨とツミの写真

05/14 

夜中に多分2回くらい「水を飲ませて!」と起こされた。

母の抗生剤は今日から錠剤になった。
昼過ぎに内科の先生が薬をポストに投入→16時ごろ目を覚ましたのでカステラに混入。

14時ケアマネジャーさん来訪、先月はコロナ対応で電話だったが、母の変化を実際に確認のため、
私とのおしゃべりも含め1時間ほどの来訪。

18時ごろ母の発熱7.7度、内科で解熱剤をいただき18:30と22:00頃の2回、挿肛で熱は下がった。

気持ちの良い晴天で11時〜12時くらいに自分の散歩に出た。
珍しい「ツミ」という鳥の写真を取ることができた。

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2020年5月14日 (木)

05/13

05/13 

昨朝、母の喉を痰がゴロゴロ・ゴロゴロ、コンっ!と出せない様子。
昼過ぎに内科の先生が往診、訪問看護と一緒になった。
看護師さんの手当でゴロゴロは一旦解消、明朝、吸引器使用を指導してくれるための訪問看護。
吸引機器のリース依頼により、15時ごろ到着。
夕方、再びゴロゴロ。
看護師さんに「明朝までゴロゴロのままで良いか?」
18時頃、再び訪問看護→吸引器使用して痰を吸引、使い方指導も済ませた。
19時すぎ、内科医師が再び往診、抗生剤と水分補給を点滴、吸引も実施してくださった。
「今夜は、また吸引することになりますよ。」と言っていた。
23時、深夜1時、ゴロゴロするので口から吸引、多少は改善する。
(鼻から吸引するともっと良いにだが、抵抗するから一人では難しい。)

13日
朝4時、目覚めるとゴロゴロは治っていた。
朝9:30 訪問看護
昼13:30 内科往診

昨日からの介護対応で疲れたのか18時〜23時過ぎまで眠ってしまった。
今夜はゆっくり眠れそう!

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